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東京高等裁判所 平成6年(ネ)5611号 判決

控訴人

日産火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

川手生巳也

右訴訟代理人弁護士

米津稜威雄

増田修

長嶋憲一

佐貫葉子

長尾節之

野口英彦

被控訴人

堀内コメ

堀内珠枝

右両名訴訟代理人弁護士

森謙

小林芳夫

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取消す。

2  被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

二  被控訴人ら

本件控訴をいずれも棄却する。

第二  当事者の主張

次のとおり当審における当事者の主張を付加するほかは、原判決「事実」中の「第二 当事者の主張」に記載のとおりであるから、これをここに引用する。ただし原判決四頁一一行目の「よる」を「より」に、同九頁九行目の「がが」を「が」にそれぞれ改める。

一  控訴人の当審における主張

1  本件保険契約の搭乗者傷害条項に基づき、死亡保険金が支給される要件における被保険者が所定の傷害を被り、「その直接の結果として」死亡したときに当たるか否かに関し、(一) 不可抗力の事故が介在する場合はこれに当たり、(二) 故意の事故が介在する場合はこれに当たらないことはいずれも明白であるが、(三) 過失の事故が介在する場合が問題であり、この場合も傷害と死亡との間の因果関係は中断され、これに当たらないものと解すべきである。

2  本件における各事故は、亡重樹が自損事故(以下「本件第一事故」という。)によって受傷した後、大森嗣雄の過失(しかも重過失)による事故(以下「本件第二事故」という。)と八取庄一の過失(しかも重過失)による事故(以下「本件第三事故」という。)により死亡したものである。

すなわち、亡重樹が本件第一事故の自損事故で受傷し、その後二度にわたって轢過されるまでの間に、二、三台の車両が亡重樹を轢過することなく通過しており、また、本件第一事故に気付いた大型トラックなどは本件第一事故現場の追越車線や走行車線に停止し、事故の発生を回避している。大森嗣雄と八取庄一もこれらの車両の運転者と同様に、前方注視義務を怠らなければ、亡重樹を轢過することはなかった。しかも、大森嗣雄は、亡重樹が走行車線に倒れていることに全く気付かず、八取庄一も直前まで亡重樹に気付かず、ほとんどノーブレーキのまま轢過している。したがって、右両名の過失は、重過失に当たる。

3  よって、亡重樹の受傷と死亡との間の因果関係は中断され、前記支給要件に当たらない。

二  被控訴人の反論

1  右支給要件としての「その直接の結果として」というのは「それによって(すなわち、受傷と死亡との間に相当因果関係がある場合)」との意義に解すべきである。したがって、受傷と死亡との間に第三者の過失行為が介在しても相当因果関係が認められる以上、右支給要件を充足する。

2  本件における各事故の結果として、亡重樹の受傷と同人の死亡との間に本件第二事故の大森嗣雄や本件第三事故の八取庄一の過失(重過失ではない。)行為が介在するけれども、その間には相当因果関係が認められる。

3  よって、本件第一ないし第三の各事故によって発生した亡重樹の死の結果は、本件保険契約の支給要件を充足する。

第三  証拠

原審記録中の書証目録に記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  当裁判所も被控訴人らの請求はいずれも理由があるものと判断する。その理由は、次のとおり当審における判断を付加するほかは、原判決「理由」の一ないし四に記載のとおりであるから、これをここに引用する。ただし、原判決一二頁一一行目の「午後九時一九分ころ」を「午後九時二〇分ころ」に改める。

二  当審における控訴人の主張について

1  当裁判所も本件保険契約の搭乗者傷害条項に基づき、死亡保険金が支給される要件における被保険者が所定の傷害を被り、「その直接の結果として」死亡したときとは、受傷と死亡との間に相当因果関係があるときをいうものと解する。そして、受傷と死亡との間に後続車両による事故が介在する場合、それが過失行為による場合であってもその間に相当因果関係が認められるときは右支給要件を充足するものと解すべきである。けだし、このように解することが自動車損害賠償責任保険の隙間を埋め、これにより救済されない被害者を救済する補完的意義を有する自損事故ないし搭乗者傷害保険の趣旨に適合するとともに、当該保険契約者の一般的意識にも合致するものと解されるからである。

2  これを本件についてみる。

原判決理由中に掲記の甲第三、第六ないし第八号証、第九号証の一ないし六、一二ないし一四、第一〇号証、第一一号証の一、二によれば、次の事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  本件第一ないし第三の各事故現場は、高速自動車国道常磐自動車道上であり、交通規制はなく、その付近の最高速度は法定最高速度時速一〇〇キロメートルであり、本件第一事故発生時刻は本件第一事故当日の夜間午後九時過ぎのことであり、交通量は閑散としていた。

(二)  本件第一事故を目撃した渡辺渡は、日産シーマを運転し、日立インターチェンジで常磐自動車道に入り、走行車線を時速約八〇キロメートルで、前照燈は下向きにして、走行していた。交通量は閑散とし、自車の前後に続く車両はなく、たまにポツリ、ポツリと追い越して行く車両があるだけであった。本件第一事故現場付近にさしかかった際、亡重樹運転の日産サニーが、渡辺渡の車両の右側追越車線を時速約一二〇キロメートルで一気に追越していった。亡重樹の車両は、午後九時一七分ころ、その先で急に左斜め方向に走行して、左側土手に乗り上げ、車体が宙返りして横転し、車体前部が路肩側に向き、屋根を日立市方向に向けて停止した。この間、事故車両(亡重樹の車両)の前の座席に人らしい大きな物体が、車の回転の動きと一緒に動いていた。渡辺渡の車両は、進路を変え、追越車線を通り、事故車両の脇を通過してその先の路肩に停車した。停車するとすぐに同乗していた塙栄子が付近の非常電話で事故通報をした。渡辺渡も非常電話の所に行き、亡重樹が足を路肩に向けて倒れているのを認めたが、その間、二、三台の車両が通過した。次の瞬間、大森嗣雄運転の車両が目前の亡重樹を轢き、続いて亡重樹の事故車両に衝突し、本件第二事故が発生した。その状態は、大森嗣雄の車両の前部バンパーの下側のところに、亡重樹の左腕や胸がのめり込むように衝突し、大森嗣雄の車両が亡重樹の事故車両の屋根に衝突したものである。塙栄子は、右電話中、亡重樹が左右の肩を動かしたので、まだ生きていると思い、係員に「生きているから、早く救急車の手配をして下さい。」と大声で叫んだが、亡重樹が右動作をした直後に大森嗣雄の車両が「ドカーン」という大きな音とともに亡重樹を轢き、事故車両をはね飛ばすようにして衝突した。

(三)  大森嗣雄は、五八歳で、勤務先会社の会長専用車の運転手であるが、本件第二事故当日会長を迎えの日産プレジデントに乗車させ、いわき勿来インターチェンジから常磐自動車道に入り、走行車線を時速約一〇〇キロメートルで、前照燈を下向きにして走行していた。交通量は閑散としていて、前後に続いて走行する車両はなく、ぽつりぽつり後方から追い上げてくる車両に追い抜かれながら、本件第二事故現場に至った。大森嗣雄は、左肩越しに振り返って、後部座席の会長が眠っているのを見た。こうして、前方注視を怠り、進行し、午後九時一七分ころ、22.2メートル手前で本件第一事故の自損事故により横転している事故車両を発見し、「あぶない」と感じて、夢中でブレーキを踏んだが、ブレーキがかかる間もない状態で、事故車両の1.7メートル手前の走行車線上に放り出されて仰向けに倒れている亡重樹には全く気付かないまま、同人が左右の肩を動かした直後ころの午後九時一九分ころ、同人を轢過した上、「ドカーン」と事故車両の屋根に衝突した。

(四)  八取庄一は、六二歳で、本件第三事故当日娘一家四人を送り届けるため妻とともに日産マキシマに乗車させ、いわき勿来インターチェンジから常磐自動車道に入り、走行車線を時速約一二〇キロメートルで、前照燈を遠目にして走行していた。交通量は少なく、前後に走行する車両はなく、140.9メートル前方に大型トラック(本件第一と第二の事故を認めて停止していた。)を認め、前照燈を下向きにするとともに時速約一一〇キロメートルに減速し、56.5メートル手前で屋根を下にして転倒している事故車両を発見し、「あっ、事故があったんだなアー。」と思い、亡重樹の事故車両を見ながら、わずかに減速しただけで、前方に対する注意を怠り、進行したところ、路上に黒っぽい横長の物体(亡重樹)があるのに気付き、「あっ」と思って急ブレーキをかけたが、急ブレーキをかける間もなく、自車の前面下側に「ボコッ」とにぶい衝撃がして、車体の下を何かが接触して前から後ろに抜けるのを感じる形で亡重樹を人と分からず轢過し、これに気を取られて間もなくその前方の事故車両に気付かないまま「ドカーン」という音とともに大森嗣雄の車両に衝突し、本件第三事故を発生させた。実況見分の結果、47.7メートル手前から亡重樹が人であると視認することが可能であることが判明した。

(五)  医師根岸康躬は、亡重樹の死体を検案した結果、亡重樹は、本件第一事故の自損事故により開いたドア又は前方の窓から車外に放出され全身特に頭部を窓枠又は路面或いはその双方に激突したものと推定され、これによって亡重樹の受けた損傷は瀕死の重症であり、極めて重篤なものと推定されたが、本件第二事故、本件第三事故が発生しなければ、本件第一事故の自損事故だけで死亡したかは断定できなかった。

右認定事実によれば、亡重樹は、交通規制のない交通閑散な夜間の高速道路上で本件第一事故の自損事故により事故車両から放り出されて瀕死の重傷を負い、走行車線上に身動きできない状態で転倒していたものと認められるから、このように身動きできない状態で転倒してる亡重樹の発見が可能であり、一方で現に亡重樹との衝突を回避し得た車両があったとしても、他方で右発見が遅れ、時間的・場所的に接近して後続車が亡重樹を轢過することがあり得ることは容易に予見し得ることである。そうすると、亡重樹が本件第二事故を発生させた大森嗣雄及び本件第三事故を発生させた八取庄一が、それぞれ前方注視を欠いた過失(前記夜間の閑散な交通状況、両名の運転速度などの運転状況などに照らし、重過失とまではいえない。)により運転進行した後続車両によって、本件第一事故による自損事故による受傷後、時間的・場所的に接近して順次轢過され、これによって死亡したとしても、亡重樹の本件第一事故の自損事故による受傷とその死亡との間には相当因果関係を肯定することができ、右後続車両による各過失行為としての轢過事故の介入によって相当因果関係は否定されないものといわなければならない。

3 そうすると、亡重樹は、本件第一事故による自損事故により受傷し、その直接の結果として死亡したものであって、本件保険契約の搭乗者傷害条項におけるこの点の支給要件を充足するものといわなければならない。控訴人の右主張は理由がない。

三  結論

よって、被控訴人らの請求をいずれも認容した原判決は正当であって、本件控訴はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小野寺規夫 裁判官 矢﨑正彦 裁判官 飯村敏明)

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